書籍

2018年8月13日 (月)

学問を修める意味

『君たちはどう生きるか』、レビュー第2段。

「学問を修める意味」。
 
大学を出た後、高校教員の職を得た。
ぐれた申し訳なさもあり、
大学に入ってからはまたガツガツ勉強した。
返還義務のない、年間学費半額補助になる奨学金をもらえたりもした。
 
そうしたら、卒業間際に、私立高校教員の推薦の話がきたのだ。
全く自信はなかったが、縁と思い、やってみることにした。
教員を志していたわけではなく、
この期におよんで進路を選べずにいたのだ。
 
が、7年後には、精神的に自分を追い込みすぎて退職。
なかなか順風満帆とはいかない。
相対的に、自分を追い詰めやすい性格らしい。
 
さて、本題。
「なんで勉強なんかしないといけないの?」
と、当時の生徒にもよく聞かれた。
「人生の選択肢が広がるから」とか、
全くリアリティーのない返事をしてしまっていた気がする。
この本によれば、こうだ。
 
P142
『人間は、どんな人だって、一人の人間として経験することに限りがある。
しかし、人間は言葉というものを持っている。
だから、自分の経験を人に伝えることもできるし、人の経験を聞いて知ることもできる。
その上に、文字というものを発明したから、書物を通じて、お互いの経験を伝えあうこともできる。
 
こうして、できるだけ広い経験を、
それぞれの方面から、矛盾のないようにまとめあげていったものが、学問というものなんだ。
 
一人一人の人間が、猿同然のところから出直したんでは、人類はいつまでたっても猿同然で、決して本日の文明には達しなかったろう。
 
だから僕たちは、できるだけ学問を修めて、今までの人類の経験から教わらなければならないんだ。』(一部中略)
 
なんと広い視野。
自分のための学問ではなく、
世の中に貢献するために修めるのが学問なのか。
こういうことを学んで、あの子たちにきちんと伝えてあげられれば良かったな、と思う。
 
自分の方にだけ意識を向け、
自分のためだけに生きる人生は、実につまらない。
 
P147
『人間が人間同士、お互いに、好意をつくし、
それを喜びとしているほど美しいことは、ほかにありはしない。
そして、それが本当に人間らしい人間関係だと、君はそう思わないかしら。』
 
貧富の差については、こうだ。
『世間には、金のある人の前に出ると、すっかり頭があがらなくなって、まるで自分が人並みでない人間であるかのように、やたらペコペコする者も、決して少なくない。
こういう人間は、むろん軽蔑に値する人間だ。
金がないからではない。
こんな卑屈な精神をもっているという点で、軽蔑されても仕方がない人間なのだ。
 
どんなに立派な着物を着、豪勢な邸に住んでみたところで、馬鹿な奴は馬鹿な奴、下等な人間は下等な人間で、人間としての値打ちがそのために上がりはしないし、高潔な心を持ち、立派な見識を持っている人なら、たとえ貧乏していたってやっぱり尊敬すべき偉い人だ。
 
たとえ貧しくともそのために自分をつまらない人間と考えたりしないように、また、たとえ豊かな暮らしをしたからといって、それで自分を何か偉いもののように考えたりしないように、いつでも、自分の人間としての値打ちにしっかりと目をつけて生きてゆかなければいけない。』
 
「人間としての値打ち」。
気力も体力も自分への自信も全くなくなり、
無職の生活を半年。
社会生活に復帰できるか、
自分でも相当不安だった。
 
何度か転職し、今の職場は来月で丸10年。
日々、何を考え、何を残していけるのか。
まだ考えはまとまらないが、
まずは良書との出会いを祝福したい。
 
 

2018年8月12日 (日)

『君たちはどう生きるか』

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良書。

テレビでたまたま見かけて、図書館で予約。
半年ぐらい待って、ようやく順番がまわってきた。
 
中高生だった頃に、ぜひ読みたかった。
こういう大切なことを教えてもらえる機会は、
意外と少ない。
 
目の前の雑事に追われ、
感覚的な楽しさ、ラクさを求めてしまいがちなのは、若かろうが歳をとろうが、かわらない。
 
生きる上で本当に大切なことを考え、実践し、反省する。
今の生き方とは違う生き方が、
自分次第でできるという可能性を知る。
自分の内なる声に、
しっかりと耳を傾ける。
そんなことの大切さを、再認識させられた。
 
漫画が想像力の不足する部分を補いつつ、
叔父さんから主人公への手紙という手段で、
追体験するように文章を読み進めていくことができるようになっている。
内容も手法も、素晴らしい。
 
P103
『世間には、他人の目に立派に見えるように、
見えるようにと振る舞っている人が、ずいぶんある。
そういう人は、自分が人の目にどう映るかということを一番気にするようになって、
本当の自分、ありのままの自分がどんなものなのかということを、ついお留守にしてしまうものだ。(中略)
君自身が心から感じたことや、
しみじみと心を動かされたことを、
くれぐれも大切にしなくてはいけない。
その意味をよく考えてゆくようにしたまえ。』
 
ある時、ある所で、ある感動を受けたという、
くりかえすことのできないただ一度の経験の中にこそ意味があり、本当の自分の思想となる。
色々な経験を積みながら、
いつでも自分の本心の声を聞こうと努めること。
 
…10代の自分を思い出してみると、
勉強していい成績をとれば親が喜び、
学校や塾で一目おかれ。
 
田舎の塾の掲示板の一位に名前がかかれると、
それで自分に価値があると勘違いしているような、
つまらない中高生だった。
そんなことで人間の価値はきまらないぞ、と当時の自分に言ってやりたい。
 
人の目、特に父親の目ばかり気にして生きていたので、いざ「自分で進路を選べ」と言われても、全然選べなかった。
 
ただ、漫画のブラックジャックが好きだったので、「医学部を目指したい」と言った記憶もあるが、
「お金がかかりすぎる、違う学部を選べ」と言われ、あっさりと引き下がった。
「どうしてもやりたいことなんだ!」と言えるだけの自信もなく、どんどん方向性を決めていく同級生たちをうらやましく思った。
 
目的もなく点かせぎだけに必死になっていた自分があまりにも情けなくなり、高校2年の夏、
勉強するのをやめてしまった。
 
学校もサボりがち、夜も遊び歩き、
お小遣いはバイトでかせいだ。
 
散々ぐれた後、
「考えるのも面倒、反対されるのも面倒。私の進路を決めてくれ」と父親に頼み、
「それなら自衛隊にでも入って、根性たたきなおせ!」といわれ、
素直に試験を受けに行った記憶も(笑)。
面接で前向きな考えを言えず、落ちたけど。
 
「で、どうしてほしい?」
と聞くと、大学に行ってほしいそうだ。
高二の夏以降の勉強は、まるでしていない。
色々調べると、公募制推薦で、英文を読み、日本語の小論文を書くだけでいい私大を、京都にみつけた。
これならなんとかなるかも。
願書の締め切りが翌日だったためとりよせる間もなく、
学校の進路指導室に一部だけ保管してあった願書の原紙をもらい、午前中に書き上げ、午後の授業はぬけて郵便局に出し行った。
 
反抗的な態度ばかりとっていたのに、
あのときの担任の先生にも、本当にお世話になった。
そして、大学生になれた。
 
世間とうまくやるとこと、
人に誉められること。
確かに大切だけど、自分の感覚や本心から目を背けない、そんな些細なことが、実は一番大切だったりするのだ。
教えてくれる大人が近くにいないなら、
こうした本を読めばいい。
 
随分遠回りしてしまったが、
ようやく自分らしさを取り戻した大人になれている気がする…。
 
 

2018年7月 9日 (月)

『その調理、9割の栄養捨ててます』


たまたまつけたテレビで紹介していて、
図書館で予約。
何か月も待って、先日ようやくまわってきた。
 
「えーー、そんなん、誰も教えてくれへんかったで!」
というようなことが、たくさん書いてあった。
 
一番衝撃だったのが、
ピーマンは種も食べられる、しかも種の方が栄養が多い、
ということ。
 
今まで当たり前のように手間かけてとって捨てていたのは、
一体なんだったんだ??
 
これを読んでから、ヘタも種もワタも全部入れて炒め物など作っているけど、
まったく支障ナシ。
新鮮なピーマンは、むしろ種のほうが美味しいぐらいだ。
 
ほうれん草の根元も、十文字に切り込みを入れて、
もむように泥を落としてからさっとゆで、
根元も捨てずに食べる、とか。
 
そ、そんな。
今まで当たり前のように根元切って捨ててたのに。
ゴミも減って、一石二鳥じゃないか。
 
カリフラワーを生で食べられるのも知らなかった。
2mm程度にスライスし、
オリーブオイルと酢、塩コショウを混ぜたドレッシングをかけて。
下ゆでの手間もなくて、かなりいい。
 
ビバ・図書館。
読んでもすぐに忘れるので、
付箋つけながら読んで、覚えていたいことだけノートに書き写して返却。
自分に必要な情報だけを残す。
 
三島由紀夫:「記憶力よりも1冊のノートと1本のペンの方が頼りになる」
 
確かに!!

2018年7月 6日 (金)

『ぞうきん1枚で人生が輝くそうじ力』

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先月、図書館で借りて読んだ本の中の1冊。
 
本は、買わずに図書館で借りて読む。
そして、心にの残る(残しておきたい)フレーズがあったら、
ノート(日記)に、書き写しておく。
 
持っているだけで満足して、読まずに終わってしまう、
ということを防げるし、書き写す、という行為も意外と大切かと。
 
キーボードで打ち込んで文書化して、という日常。
いざ自分で書こうと思ったら、
「あれっ?この漢字って、右側どうなってたっけ?」などということも、よくある。
老い支度の一環として、細々でも、日記を書く習慣を維持しておきたい
(去年の年末から、半年続いている)。
 
さて、本題。
この本に書いてあったことの一部。
 
「入口よりも出口に気をつける」
 
物を買ったり、部屋に飾ったり、
家に何を入れるか、ということには気をつけても、
出ていくものに気を配れる人は、意外と少ない、という話。
 
例えばキッチンやトイレの換気扇、便器の水がたまる穴の部分、
水回りの排水口など、家の中のものが外に出ていく部分。
 
家の出口部分の汚れをひとつずつキレイにして、
そこに意識を向けられるようになると、家の空気が見違えるほどクリアになって、
居心地のいい家になるそうだ。
 
これを読んで、余計にトイレ換気扇の、例の歪みが気になったのだ。
おかげで、なおす最中に、
ダクトの横側にたまっていたホコリを、大量に取り出すこともできた。
目に触れない部分は、汚れやホコリがたまりやすい。
 
ちなみに、この本によると、
ストレスが多い空間には、ホコリがどんどんたまっていくらしい。
 
ホコリは、気づいてほしくてどんどんたまっていく。
見つけてあげるとホコリも喜ぶ。
その場所に手で触れてそうじをすると、自分自身に触れることにもなり、
ホコリだけでなく、ストレスも軽減する。
そうじの力は偉大である、という話。
 
科学的根拠は全くない話ではあるけど、
確かに、幸せそうに暮らしている人の住まいは、とてもキレイ。
 
「ありがとう」の感情をのせて拭く、
これだけで空間は劇的にかわっていく。
 
見ようとしていなかった汚れや、やりたくないと思っていた場所に、
あえて触れる。輝かせる。
それは、潜在意識を変える方法。
 
そうじの最終目的は、自分を輝かせること。
 
モノにも住まいにも心があると思って、
向き合ってみようと思わせられる、そんな本でした。